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    <title>普請虫の家（つくりかけのうち）</title>
    <description>HPを開設するにあたり、付属のブログを開こうと設置しました。</description>
    <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/</link>
    <language>ja</language>
    <copyright>Copyright (C) NINJATOOLS ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

    <item>
      <title>反捕鯨と環境保護とレイシズム</title>
      <description>2011/05/22、ＮＨＫが捕鯨の町として世界中に有名になってしまった、和歌山県太地町の6カ月についてをドキュメントとして番組にしていた。その中で、捕鯨を職業とする人たちの苦悩と、そして誇りたかい職業意識、それに対して乗り込んでくる「環境保護」団体の人たちのあからさまな妨害工作とプロパガンダのやりかたが対置されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南氷洋におけるシー・シェパードの捕鯨船への体当たり攻撃を見てもわかるように、彼ら「環境保護」団体のなかでも極端に先鋭化したグループというのは、突撃攻撃をパフォーマンスとして行い、それをビデオメッセージとすることで、活動資金を集めることがよく知られている。コメディアンが熱くもない料理を熱がって食べるように、また怪我をしないような事態で大げさに痛がって笑いを取るように、ビデオメッセージで食い扶持を得る「環境保護」団体は、反響の高い映像をつくる。彼らはセンセーションを演出するためには、事実にはなかったことを付け足したり、相手がより禍々しく見える編集を加える。善悪の対立がはっきりとしたハリウッド映画のように、物語の白黒をわかりやすく加工する。彼らはドキュメンタリーを作っているのではなく、ドキュメンタリー風のフィクションをフレームアップし、自分たちに都合のよいプロパガンダを行っているのである。そのことが今回よくわかった。というのは、南氷洋における活動同様に、まず彼らが太地町の漁民を威嚇し、挑発して怒らせて、それをカメラに納めようとするからである。あの歪な光景を見ていると、車に自ら突っ込んできて、補償金をせしめるために大げさに騒ぎ出す「当たり屋」と二重写しになってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らが主張する３つの論拠に対する反論&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（１）　捕鯨・イルカ漁が残酷であること&lt;br /&gt;
	食用肉の屠畜（とちく）はどれも残酷。&lt;br /&gt;
	食用肉の屠畜件数が多いのはアメリカやオーストラリア。&lt;br /&gt;
	なのに、なぜ自国の屠畜場の残酷さを追求しないのだろうか？&lt;br /&gt;
	捕鯨・イルカ漁が残酷なら食肉文化は原則的にすべて否定されるべき。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（２）　賢く可愛い動物であること。&lt;br /&gt;
	賢く可愛い動物でいえば、牛豚羊なども同じほ乳類で同等。&lt;br /&gt;
	にも関わらず、屠畜反対運動をしない、「環境保護」団体は差別的である。&lt;br /&gt;
	差別的と言えば、「可愛い」「賢い」という不明確な基準もそのひとつ。&lt;br /&gt;
	何を条件にして「可愛い」「賢い」とするのかが不明確である以上、&lt;br /&gt;
	それは動物レイシズムと呼ぶべき偏見であるといって間違いない。&lt;br /&gt;
	「醜く」「愚か」であれば殺してもいいというのは、選民思想とほぼ同一。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（３）　希少動物であること（絶滅危惧種）。&lt;br /&gt;
	保護については反論の余地はない。推進すべき運動。&lt;br /&gt;
	ただ、保護が漁業（狩猟）にだけ標的を定めることに歪さがある。&lt;br /&gt;
	「環境保護」というならば、汚染状況や頭数が減る理由をもっと明確にし、&lt;br /&gt;
	それに対する有効な保護活動を行うべき。&lt;br /&gt;
	漁をやめても他の原因で激減したら何の意味もない。&lt;br /&gt;
	むしろ生物種にとって危険なものは、海洋汚染や海上交通による事故ではないか。&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E5%8F%8D%E6%8D%95%E9%AF%A8%E3%81%A8%E7%92%B0%E5%A2%83%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E3%81%A8%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0</link> 
    </item>
    <item>
      <title>適当レビューの典型</title>
      <description>ネット通販、くちコミサイトのレビューを眺めていると、&lt;br /&gt;
「これ、本当にこの商品を使った批評なのか？」、&lt;br /&gt;
そんな書込みに出くわす。&lt;br /&gt;
そのもっとも顕著なサイトは、ネット通販最大手の「Amazon」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Amazonは通販登録者を、ネット・レビュアーとしてランク分けして、&lt;br /&gt;
その数量や「参考になった」票を集計して、レビュアー同士を競わせている。&lt;br /&gt;
それゆえに、商品レビュー数を増やすために、&lt;br /&gt;
どこかから抜いてきた文章を組み立てた、丸写しのレビューや、&lt;br /&gt;
あるいは「3行レビュー」と呼ばれる数行のつぶやき程度のレビューも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
典型的な適当レビューを平準化してみたら、こうなる。&lt;br /&gt;
&lt;strong&gt;&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;「ふつうに問題なし」&lt;br /&gt;
☆☆☆☆☆&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なかなかよいです。本当に簡単に使用できます。&lt;br /&gt;
直感的な操作が可能で驚きました。&lt;br /&gt;
非常に使いやすい印象。&lt;br /&gt;
初心者のかたでも問題ないと思います。&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
追記には、平準化レビューにも使った表現について、くわしく解説を加える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E9%81%A9%E5%BD%93%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%85%B8%E5%9E%8B&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E9%81%A9%E5%BD%93%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%85%B8%E5%9E%8B</link> 
    </item>
    <item>
      <title>成虫になった幼虫は、外界が危ないからと言う理由で、再び幼虫になって地中に帰るべきか否か。</title>
      <description>作風が変わったから嫌いになった、堕落した、変節した、というたぐいの言説は見飽きた。&lt;br /&gt;
というよりも、「嫌いになった」は構わないと思うが、&lt;br /&gt;
自分が嫌いになったものはすべて堕落し、変節しているという思い込みがどうかしている。&lt;br /&gt;
どれだけ判断基準が高慢ちきで、自分勝手で、独断に満ちているのだろう。&lt;br /&gt;
生きているモノが時間経過のなかでカタチを変えるのはごくあたりまえである。&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E6%88%90%E8%99%AB%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%B9%BC%E8%99%AB%E3%81%AF%E3%80%81%E5%A4%96%E7%95%8C%E3%81%8C%E5%8D%B1%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A8%E8%A8%80%E3%81%86%E7%90%86%E7%94%B1%E3%81%A7%E3%80%81%E5%86%8D%E3%81%B3%E5%B9%BC%E8%99%AB%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%9C%B0%E4%B8%AD%E3%81%AB%E5%B8%B0%E3%82%8B%E3%81%B9%E3%81%8D%E3%81%8B%E5%90%A6%E3%81%8B%E3%80%82&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E6%88%90%E8%99%AB%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%B9%BC%E8%99%AB%E3%81%AF%E3%80%81%E5%A4%96%E7%95%8C%E3%81%8C%E5%8D%B1%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A8%E8%A8%80%E3%81%86%E7%90%86%E7%94%B1%E3%81%A7%E3%80%81%E5%86%8D%E3%81%B3%E5%B9%BC%E8%99%AB%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%9C%B0%E4%B8%AD%E3%81%AB%E5%B8%B0%E3%82%8B%E3%81%B9%E3%81%8D%E3%81%8B%E5%90%A6%E3%81%8B%E3%80%82</link> 
    </item>
    <item>
      <title>日本語のわからない人たちばかり</title>
      <description>接客用語「よろしかったでしょうか」について、賛否両論あるのだが、&lt;br /&gt;
この表現が不快であり使用に適さないことは明確である。&lt;br /&gt;
だが、「文法上に問題はない」とする暴論があるらしいのだ。&lt;br /&gt;
下記のリンク先で発見した。はっきり言ってあきれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;a href=&quot;http://anond.hatelabo.jp/20091010002215&quot;&gt;http://anond.hatelabo.jp/20091010002215&lt;span style=&quot;background-color: rgb(255, 255, 255);&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt; &lt;/a&gt;過去形に丁寧表現がある。&lt;br /&gt;
それは使用例によってはそういうこともあるだろう。&lt;br /&gt;
では、すべて過去形を使えば丁寧表現になるのか。&lt;br /&gt;
あるいは、「かったでしょうか」は時制の不一致と敬語表現の重複という、&lt;br /&gt;
非常に不快な連用があるのだ。&lt;br /&gt;
「過去形」＋「現在形」ということは、過去のことを現在問い直すということだ。&lt;br /&gt;
そして、「かった（敬語）」＋「でしょう（敬語）」というのも、実は慇懃無礼をおびる。&lt;br /&gt;
どこぞの大学教授がこれを問題ないと言っているらしいから、それ自体問題である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文法上うんぬん、敬語表現うんぬんの問題ではない。&lt;br /&gt;
そもそも、文意が不明確で何が言いたいかわからないから問題なのだ。&lt;br /&gt;
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか？」&lt;br /&gt;
「でしょうか？」は何時のことを訊いているのか？&lt;br /&gt;
ご注文を出した時のことなのか、今のことなのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも、「過去形」を敬語表現とするなら、「でしょうか」はいらないはずだ。&lt;br /&gt;
大学教授はおマヌケである。&lt;br /&gt;
「ご注文はよろしいですか？」にしないなら、&lt;br /&gt;
「ご注文はよろしかった？」にすべきである。&lt;br /&gt;
「過去形」がいくら丁寧表現だからといって、&lt;br /&gt;
やはり接客するときの口調ではないことは明らかである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は「よろしかったでしょうか？」の「かった」は丁寧表現ではなく、&lt;br /&gt;
受け身の誤用だと考えている。&lt;br /&gt;
「よろしい」（目上&amp;rarr;目下）というベクトルを、受け身で逆転しようとした、&lt;br /&gt;
敬語表現しろうとの浅はかな敬語である。&lt;br /&gt;
だから「よろしかった」のあとに「でしょうか」と続けるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「よろしかったでしょうか？」は用法的にも、&lt;br /&gt;
訊かれる顧客としての立場からも、完全に間違っている。&lt;br /&gt;
人を不快にする表現は改めたほうがよい、というのは正論だろう。&lt;br /&gt;
ほかに言い方が丸でないなら別だが、&lt;br /&gt;
もっとよい言い方あるにもかかわらず、不快表現を「問題ない」と開き直るウマシカ、&lt;br /&gt;
こういう連中が日本語を乱している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひとつ私が模範添削してみよう。&lt;br /&gt;
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか？」はこう直してみたらどうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%81%8B%E3%82%8A&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%81%8B%E3%82%8A</link> 
    </item>
    <item>
      <title>「世界標準」をめざす経済が世界に「格差」をつくる</title>
      <description>必要性を考慮しない価格設定、たとえば砂漠の水と熱帯の水を「世界共通価格」で売るようなバカさ加減は、地域の実情における水の価値をぼかしてしまう。価値というものが世界共通である、というのは経済世界のまやかしである。水のあふれ出るところの「水の価値」と砂漠のように水を得ることが非常に難しい地域の「水の価値」が、同じであってよいわけがない。それを飲料水メーカーが取水地からコストをかけて、砂漠に持ち込んで「世界共通」の価格で売ったらどうなるだろう。それまで砂漠の水を売っていた商人たちは破産するだろう。また、砂漠の水使用の量が激増するだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
水の売買は極端な例としてここに引いたが、万事このバリエーションである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E3%80%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%A8%99%E6%BA%96%E3%80%8D%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%96%E3%81%99%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AB%E3%80%8C%E6%A0%BC%E5%B7%AE%E3%80%8D%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E3%80%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%A8%99%E6%BA%96%E3%80%8D%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%96%E3%81%99%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AB%E3%80%8C%E6%A0%BC%E5%B7%AE%E3%80%8D%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B</link> 
    </item>
    <item>
      <title>「暴力の時代-言葉に見放される時-」　講演者　辺見庸</title>
      <description>2009年5月9日（土）&lt;br /&gt;
早稲田大学　大隈小講堂&lt;br /&gt;
公開フォーラム「あらたな「人権への視座」を求めて」岡部伊都子没後1年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一部　「暴力の時代-言葉に見放される時-」　講演者　辺見庸&lt;br /&gt;
14：00～15：00　約60分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公演内容を控えたメモを整えたものを公開しておく。&lt;br /&gt;
当日は、このあと青山葬儀場に忌野清志郎の送別に行った。&lt;br /&gt;
辺見庸は足を引きながらも自身で歩いていた。&lt;br /&gt;
しかし、休日にもかかわらずスーツ姿でいかめしい、&lt;br /&gt;
知識人然とした編集者の進行に苛立ちも見せていた。&lt;br /&gt;
「賢しら」が嫌だったのかもしれない。&lt;br /&gt;
あるいは、時代状況が悪化するなかで、&lt;br /&gt;
馴合う「進歩人サークル」みたいなものが嫌だったのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
印象的だったのは後半に「9・１１事件」について触れた話である。&lt;br /&gt;
知人の女性からかかってきた電話で、&lt;br /&gt;
飛行機にテロリスト自身が乗っていたことが悲しい、&lt;br /&gt;
と泣かれたということを話した。&lt;br /&gt;
（自爆テロという「絶望の表明」であることへの悲しみだろう）&lt;br /&gt;
辺見はそれを「絶対少数者の立場」として「あり」だと感じたと言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
WTCビルへのテロ事件はアメリカ側からすれば、&lt;br /&gt;
とても重大事件だが、&lt;br /&gt;
日常茶飯に人が飢えや疫病や戦争で死んでいる人々からすれば、&lt;br /&gt;
まだ足りないと思えるくらいに少ない打撃なのかもしれない。&lt;br /&gt;
実際、テロ事件の被害者とその後の戦争における一般市民の犠牲者を比べると、&lt;br /&gt;
あきらかに後者のほうが段違いに多い。&lt;br /&gt;
では、テロ事件の前はどうったのだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカやアメリカの金融センターが、&lt;br /&gt;
軍事力と覇権的な搾取からなりたっているのだという認識は、&lt;br /&gt;
テロリストたちの冷徹な実情分析である。&lt;br /&gt;
その意味で、彼らが象徴的にNYの金融センターとペンタゴン、&lt;br /&gt;
ホワイトハウスを狙ったことには、テロリスト側の正論がある。&lt;br /&gt;
ただ、「自爆」特攻であったことの闇は深い。&lt;br /&gt;
人びとの貧窮を憂うものが、人間を武器に貶めたりするものだろうか？&lt;br /&gt;
また、WTCのなかに同じイスラム教徒がいるかもしれないという想像力が働かない、&lt;br /&gt;
その程度のテロリストに先導されてしまう人たちの悲しみ。&lt;br /&gt;
アルカイーダは結局、貧民を武器にして搾取しているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本にはテロも戦争もありはしないが、&lt;br /&gt;
3万人以上の人が自裁によって死んでゆく。&lt;br /&gt;
それはWTCのテロ事件の被害者よりもなお多い。&lt;br /&gt;
そして、その3万人を殺しているものの正体を誰も探ろうとしていない。&lt;br /&gt;
誰も3万人を弔おうとしていない。この二つの事実の隔絶。&lt;br /&gt;
詫間守や秋葉原事件の加藤某が、&lt;br /&gt;
自殺の以前にテロ事件を試みたのだとしたら、&lt;br /&gt;
日本にも「格差」ないし「絶望」の戦場があるのだと感じるのは行き過ぎではない。&lt;br /&gt;
それらの事件を「異常」として批難するニュースの言葉、&lt;br /&gt;
訳知り顔の評論家の言葉に、3万人の自裁の人々や無差別殺人の被告を止める、&lt;br /&gt;
その覚悟や意気地があるとはとうてい信じられない。&lt;br /&gt;
それはきれいに整えられた言葉だからである。&lt;br /&gt;
辺見庸がいうところの「発泡スチロール」のような言葉である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
辺見庸の言葉に頼りすぎてはいけないが、&lt;br /&gt;
少なくともTVニュースのコメンテーターや、&lt;br /&gt;
月曜の朝礼で訓示を垂れる学校の校長のような、&lt;br /&gt;
空疎な血の気のない言葉ではない、臭いのある言葉に出会える。&lt;br /&gt;
辺見庸は自身の血生臭さから逃げたりはしない。&lt;br /&gt;
人をぶっ殺したくなること、それくらい誰にでもあるのだ。&lt;br /&gt;
あるにもかかわらず、「ない」と嘘を言うよりも、&lt;br /&gt;
だけど別のことでそれを思いとどまった事実を話してくれる方がよいだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初の詩集を発刊してより、音信のない辺見庸。&lt;br /&gt;
闘病の中で何を考え、何を書いているのか、&lt;br /&gt;
少なからぬ辺見惚れの私は、時折彼の筆致で社会を見ることを試みる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E8%AC%9B%E6%BC%94%E8%A6%81%E7%B4%84/%E3%80%8C%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3-%E8%A8%80%E8%91%89%E3%81%AB%E8%A6%8B%E6%94%BE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%99%82-%E3%80%8D%E3%80%80%E8%AC%9B%E6%BC%94%E8%80%85%E3%80%80%E8%BE%BA%E8%A6%8B%E5%BA%B8&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;講演の要約はこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E8%AC%9B%E6%BC%94%E8%A6%81%E7%B4%84/%E3%80%8C%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3-%E8%A8%80%E8%91%89%E3%81%AB%E8%A6%8B%E6%94%BE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%99%82-%E3%80%8D%E3%80%80%E8%AC%9B%E6%BC%94%E8%80%85%E3%80%80%E8%BE%BA%E8%A6%8B%E5%BA%B8</link> 
    </item>
    <item>
      <title>「みんなの党」は小泉「改革」路線の延長</title>
      <description>&lt;img src=&quot;file:///C:/DOCUME%7E1/sisyphos/LOCALS%7E1/Temp/moz-screenshot-1.png&quot; alt=&quot;&quot; /&gt;&lt;img src=&quot;file:///C:/DOCUME%7E1/sisyphos/LOCALS%7E1/Temp/moz-screenshot-2.png&quot; alt=&quot;&quot; /&gt;自民党、民主党の２大政党に代わって第３の勢力として「みんなの党」が勢力を伸ばしている。選挙民の支持を得ているその原動力は、「公務員改革」と「小さな政府」というどこかで聞いた主張である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「みんなの党」の「公務員改革」については魅力的な提案が多く、賛同することが多い。しかし、「みんなの党」の政策の主眼はそこにはない。「規制改革」を通じて大企業と富裕層に対して、さらなる利益を誘導することにあるのだ。そのことが顕著なのが、経済政策における小泉政権との共通性である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E6%99%82%E4%BA%8B%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E3%80%8C%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%AE%E5%85%9A%E3%80%8D%E3%81%AF%E5%B0%8F%E6%B3%89%E3%80%8C%E6%94%B9%E9%9D%A9%E3%80%8D%E8%B7%AF%E7%B7%9A%E3%81%AE%E5%BB%B6%E9%95%B7&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E6%99%82%E4%BA%8B%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E3%80%8C%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%AE%E5%85%9A%E3%80%8D%E3%81%AF%E5%B0%8F%E6%B3%89%E3%80%8C%E6%94%B9%E9%9D%A9%E3%80%8D%E8%B7%AF%E7%B7%9A%E3%81%AE%E5%BB%B6%E9%95%B7</link> 
    </item>
    <item>
      <title>「ピンハネ」経済はアフリカを目指す</title>
      <description>世界には新興国があって、それらの国々が世界の消費経済を誘因して経済成長を促す。そんな近視眼のことをいう評論家が多い。だが、新興国の姿は、先進国のかつての姿なのであって、結局彼らも数年か数十年の単位で先進国と同じ隘路（あいろ）に嵌り込む。それも、加速度的な成長をする新興国ほど、加速度的に先進国の経済問題の隘路に突進することになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%80%8C%E3%83%94%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%80%8D%E7%B5%8C%E6%B8%88%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%82%92%E7%9B%AE%E6%8C%87%E3%81%99&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
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    </item>
    <item>
      <title>「物が売れない」社会を誰が作ったのか？　その２</title>
      <description>アメリカはそれでも消費が伸びたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにはカラクリがある。&lt;br /&gt;
アメリカは中小所得者に減税やら補助金やらで金を撒いているのである。&lt;br /&gt;
しかもその原資は、大企業や金持ちからの徴税ではなく、国債発行である。&lt;br /&gt;
そして、その国債は国内消費されているのではなく、&lt;br /&gt;
海外の関係国に対して購入圧力をかけて引き受けさせているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまり、アメリカの消費は、&lt;br /&gt;
親分子分の関係にある関係国に対して、&lt;br /&gt;
借金を押しつけることで成り立っているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これはひどく歪な話である。&lt;br /&gt;
考えてみて欲しい、&lt;br /&gt;
アメリカには全世界のなかでもトップクラスの大金持ちが山ほどいるのに、&lt;br /&gt;
その国家財政は赤字で、&lt;br /&gt;
なおかつその赤字の穴埋めはアメリカ以外の国が負担しているのである。&lt;br /&gt;
そして、赤字国債で手に入れた金は、&lt;br /&gt;
「バラマキ」的な政策で国民にまかれて、&lt;br /&gt;
またそれは大企業の商売によって大金持ちたちの手の中におさまっていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカの金持ちは、&lt;br /&gt;
ひとつには国内の中小所得者から金をふんだくっているのだが、&lt;br /&gt;
さらに間接的には国外の米国債の購入国からも金をふんだくっているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国家というのは国民全体で構成してはじめて存立するものだから、&lt;br /&gt;
国家の借金はよりよく大金持ちが払わなければならないのは当たり前である。&lt;br /&gt;
ふつう一般の家庭で、&lt;br /&gt;
親の借金が子供に引き継がれるのと同様である。&lt;br /&gt;
もしそれが嫌なら、家財一切を捨てて「破産」宣告を受け、&lt;br /&gt;
最貧境遇で出直すしかない。&lt;br /&gt;
アメリカはそれをまるでやっていない。&lt;br /&gt;
借金を返す気がまるでないのだ。&lt;br /&gt;
また、それを引き受けている子分の国家たちが、&lt;br /&gt;
アメリカの武力を恐れて言い出せないでいるから、&lt;br /&gt;
それもまたタチが悪い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカが一握りの大金持ちに資産を集めながら、&lt;br /&gt;
国民の消費意欲が盛んな理由は、&lt;br /&gt;
つまり他の国からの借金で大量消費をまかなっているからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカの消費者の購入手段のなかで、&lt;br /&gt;
もっともポピュラーなのはリボルビング（複数回払い）である。&lt;br /&gt;
そして、それを支援しているのが信販会社とクレジットカードである。&lt;br /&gt;
リボルビング払いによって、実収入よりも高額な支出ができるために、&lt;br /&gt;
アメリカの国民はあてのない支払いを気にせず、どんどんと物を購入する。&lt;br /&gt;
しかし、そのリボ払いの根拠はかなり薄弱である。&lt;br /&gt;
信販会社は、全額返済よりも当面の手数料収入と、&lt;br /&gt;
貸出し実績による業績値の方を気にかけているからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サブ・プライム・ローンでも判明したように、&lt;br /&gt;
数値の上昇を求める金融業界では、&lt;br /&gt;
確実な貸出先に堅実に貸し出すよりも、&lt;br /&gt;
貸出しの額に基づく利益をアテにして、誰彼なく貸し出す。&lt;br /&gt;
「貸し倒れ」がないという無根拠な貸出しは、&lt;br /&gt;
消費行動をアクセレートして景気をよくするので、&lt;br /&gt;
一見、矛盾なく思えるが、景気はいつか収縮する。&lt;br /&gt;
景気が収縮すれば賃金は下降し、失業者が発生し、&lt;br /&gt;
リボ払いの出来ない自己破産者が増加する。&lt;br /&gt;
となれば、そのツケは間違いなく金融機関に跳ね返る。&lt;br /&gt;
金融機関に跳ね返ったツケは国家に跳ね返る。&lt;br /&gt;
国家に跳ね返ったツケは、国債購入者に跳ね返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国民は政府や銀行から融資を受け、&lt;br /&gt;
銀行は政府から融資を受け、&lt;br /&gt;
政府は国債で他国からの融資を受けている。&lt;br /&gt;
この融資のチェーン・リアクションは負の連鎖であるから、&lt;br /&gt;
国民が破綻するところから反転して、諸外国に波及する。&lt;br /&gt;
住宅対象のサブ・プライムローンなどはまだ序の口で、&lt;br /&gt;
アメリカ国民が平常に使っているカード・ローンが破綻するとき、&lt;br /&gt;
その時はアメリカの信販会社と金融機関がそろって潰れる時である。&lt;br /&gt;
その大きな破綻の地震が起こったならば、&lt;br /&gt;
いくら関係国に米国債を押しつけようと思っても、&lt;br /&gt;
押しつけきれないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところで、&lt;br /&gt;
日常生活につかっている買い物用のローンが破綻する日、&lt;br /&gt;
それはそう遠くないことに思える。&lt;br /&gt;
なぜといえば、アメリカには激甚災害が多発し、&lt;br /&gt;
しかし労働者の賃金は相変わらず低迷し、&lt;br /&gt;
にもかかわらず、リボ払いのカード購入による消費活動は続いている。&lt;br /&gt;
これがそう長く続くはずがない。&lt;br /&gt;
破綻の足音は一歩一歩近づいている。&lt;br /&gt;
そして、それが来る日、アメリカの消費活動は壊滅する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（つづく）&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E3%80%8C%E7%89%A9%E3%81%8C%E5%A3%B2%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%80%8D%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82%92%E8%AA%B0%E3%81%8C%E4%BD%9C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B%EF%BC%9F%E3%80%80%E3%81%9D%E3%81%AE%EF%BC%92</link> 
    </item>
    <item>
      <title>「物が売れない」社会を誰が作ったのか？</title>
      <description>結論からはじめる。&lt;br /&gt;
「物が売れない」のは消費者の数が少ないからである。&lt;br /&gt;
そのものに対する消費者が少ないのは、&lt;br /&gt;
物が欲しい欲しくないよりも、&lt;br /&gt;
それを買うことができる財力があるかないかが第一義に大切である。&lt;br /&gt;
世の中の商品が売れないのは、商品を買う余力が消費者にないことから、&lt;br /&gt;
いわゆる消費者である人々が消費から撤退していることに原因がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
では、なぜ消費者であった人々が消費から撤退して、&lt;br /&gt;
アンチ消費者になったのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは給与と所得の問題である。&lt;br /&gt;
消費が減退する何よりの原因は、&lt;br /&gt;
消費者となるべき人々にその経済的余裕を与えないことにある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経済の当たり前のセオリーを突き詰めれば、&lt;br /&gt;
一握りの大金持ちをつくる社会よりも、&lt;br /&gt;
大多数の中間層をつくるほうが消費は増え、価値は循環する。&lt;br /&gt;
大金持ちが少数いて貧乏人が大半の社会には、&lt;br /&gt;
金持ちに対する「アメリカン・ドリーム」は生まれるが、&lt;br /&gt;
消費活動は圧倒的に低い。&lt;br /&gt;
逆に、&lt;br /&gt;
大金持ちは少ないが&lt;br /&gt;
「ほどほどの所得のある」中間層が多数と少数の貧困層で構成する社会には、&lt;br /&gt;
「アメリカン・ドリーム」は生まれないが、消費活動は盛んになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中間層が厚い社会では、&lt;br /&gt;
人々が必要とするものはいつも必要なだけ売れ、&lt;br /&gt;
価格は適性に作用し、買い控えや値下げ圧力はかからない。&lt;br /&gt;
しかし、大金持ちをつくるために、中間所得層や貧困層の所得を圧迫する社会では、&lt;br /&gt;
デフレ圧力がかかり商品の価格は制限される。&lt;br /&gt;
所得のあがらない社会で値上げなどできるはずがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これを解決しようとすれば、&lt;br /&gt;
貨幣価値をさげて見ため上の価格を上げるインフレーションしかないが、&lt;br /&gt;
これをやると結局は資産のない庶民たちの蓄財を圧迫する。&lt;br /&gt;
すると、&lt;br /&gt;
経済指標的には回復したように見える社会の景気によって、&lt;br /&gt;
人々は余計に苦しむことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「物が売れない」のは、&lt;br /&gt;
大金持ちが企業の利得の大部分を持ち去り、&lt;br /&gt;
大部分の中小所得者に対してその分け前を分配しないからである。&lt;br /&gt;
そうして大金持ちに集中しがちな余剰を、国家が召し上げて配分するのが、&lt;br /&gt;
本来備わっていた国家の福祉機能である。&lt;br /&gt;
しかし、&lt;br /&gt;
アメリカが金融資本主義のなかでつくりあげた「金持ち優遇」政策は、&lt;br /&gt;
結局のところは所得を大金持ちによりいっそう集めるアクセルを踏むことにすぎなかった。&lt;br /&gt;
だから、「物は売れない」ままである。&lt;br /&gt;
（つづく）&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>http://fushinchuhouse.blog.shinobi.jp/%E9%9B%91%E8%A8%98/%E3%80%8C%E7%89%A9%E3%81%8C%E5%A3%B2%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%80%8D%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82%92%E8%AA%B0%E3%81%8C%E4%BD%9C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B%EF%BC%9F</link> 
    </item>

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